【圧倒的伝統】明治大学の「応援歌」を紹介!

今回はどんな記事?

今回は明治大学に存在する数々の「応援歌」を紹介していくよ!

この記事を読むと…

□明治大学の応援歌すべての歴史がわかる!

□明治大学の応援歌の凄さがわかる!

□応援歌を覚えて愛校心上昇!応援歌を歌えます!

日本の大学にはその地の風土や文化が反映されたとりどりの応援歌が存在します。

応援歌は日本の文化といってもいいかもしれません。

我らが明治大学にも大学を代表する「応援歌」が存在します。

スポーツや文化などの様々な場所で明大生を称えてくれる応援歌は学生にとっての誇りですよね。

明治大学にはどんな応援歌があるの?

結構な数の「応援歌」があるみたいですよ!

下記にまとめてみました!

第一応援歌「紫紺の歌」

第二応援歌「血潮は燃えて」

第三応援歌「紫紺の旗の下に」

第四応援歌「勇者明治」

応援歌「怒涛の進撃」

学生歌「都に匂ふ花の雲」

神宮勝歌

結構たくさんあるんだね!

これらに加えて校歌「白雲なびく駿河台」もありますよ!

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応援歌は校歌とともに大学の顔といってもいいでしょう。

特に六大学野球連盟に加盟している明治大学では応援の文化が発達しています。

野球の戦いの中に応援の戦いも同時に繰り広げられているのです!

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そして、ある応援歌の作曲にはあの国民栄誉賞受賞者も!

今回は応援歌の中でも特に重要な

□第一応援歌「紫紺の歌」

□学生歌「都に匂ふ花の雲」

2点を中心に進めていきますよ!

最後まで読めば明治大学の応援歌をマスターすること間違いなし!

明治大学の応援歌「紫紺の歌」ってなに?

明治大学の応援歌「紫紺の歌」の誕生

先ほどは第一から第四までの応援歌を紹介しました。

その中でも、第一応援歌である「紫紺の歌」は明治大学の校歌「白雲なびく駿河台」と双璧をなすものです。

「紫紺の歌」が作られたのはいつなんだろう?

「紫紺の歌」が制作されたのは1941年(昭和16年)です!

戦前!

そうですね。

1945年(昭和20年)に終戦を迎えていますから、それより5年も前のことになります。

ここで1941年の出来事を簡単に見てみましょう!

1941年の出来事

□日本軍、中国の重慶を爆撃

□第3次近衛内閣の成立

□日本軍、フランス領インドシナ南部へ進駐

□東條英機の首相就任

日本は戦争に向かっていた…

明治大学の第一応援歌である「紫紺の歌」が誕生したのは日本が戦争への道を突き進んでいる最中でした。

当時の学生たちにも戦争の魔の手は迫ってきます。

1943年(昭和18年)には明治大学も学徒出陣の対象となりました。

学徒出陣…文系学生の戦地への出兵政策。20歳以上の文科学生が主

そんな世の中でしたが、「紫紺の歌」は当時の学生たちの希望でもあったのかもしれません。

明治大学の応援歌「紫紺の歌」の作曲者は古賀政男

みなさんは古賀政男さんをご存知ですか?

古賀政男(1904年11月18日〜1978年7月25日)…昭和初期を代表する作曲家。数多くの流行歌を生み出した。それらは「古賀メロディー」と言われ親しまれている。
古賀政男(wikipediaより)

古賀政男さんは明治大学の出身です!

予科と呼ばれる現在の高等学校にあたる場所で学習に励んでいました。

その後、明治大学マンドリンクラブを創設します。

マンドリンとは…イタリア発祥の撥弦楽器

この古賀政男さんはなんと…

国民栄誉賞

を授賞しています!!

国民栄誉賞とは…内閣総理大臣から授与される。広く国民に敬愛され社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者に贈られる。

そんな古賀政男さんが、明治大学の第一応援歌である「紫紺の歌」の作曲を手掛けています。

美しい「紫紺の歌」のメロディーは美しい「古賀メロディー」として名高いのです。

ちなみに作詞は当時の「明治大學應援團」が担当しています。

次は明治大学応援歌「紫紺の歌」の歌詞を見ていこう!

明治大学の応援歌「紫紺の歌」の歌詞

明治大学応援団H Pより

通常野球応援などでは1番のみしか歌われませんが、実は明治大学応援歌「紫紺の歌」は3番まで存在します!

当時の「明治大學應援團」が作詞したものに古賀政男さんがメロディーをつけたようです。

ところで、最後の節は全て「オ明治」となっていますよね。

Oh-o!Meijiだ!!

現役生の方はお馴染みですよね。

明治大学のポータルサイトである「Oh-o!Meiji」Oh-o!はここに由来しているとも言われています。

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Oh-o!Meijiについての記事はコチラ!

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というようなツッコミもありましたが、伝統ある明治大学の応援歌「紫紺の歌」に由来していたんですね〜

歌詞の中には「闘志」「勝利」「無敵」といった言葉が散りばめられています。

戦いに出向く明治大学の学生を後押しする心強い応援歌ですよね!

他大学の応援歌を見てみよう!東京六大学の応援歌

明治大学の応援歌である「紫紺の歌」校歌「白雲なびく駿河台」と双璧をなす明治大学を代表する応援歌です。

それゆえに第一応援歌の地位を任されています。

では、他の大学にもこのような第一応援歌は存在するのでしょうか?

ここでは東京六大学野球連盟に加盟する6つの大学の第一応援歌を簡単に見てみましょう!

東京六大学野球とは…早稲田・慶應義塾・明治・法政・立教・東京の各6校によって構成される日本最古の大学野球リーグ。毎年春季リーグと秋季リーグが行われる。

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第一応援歌一覧

明治大学「紫紺の歌」

早稲田大学「紺碧の空」

慶應義塾大学「若き血」

法政大学「若き日の誇り」

立教大学「行け立教健児」

東京大学「闘魂は」

以上の6つの応援歌が各大学で第一応援歌として扱われているものです。

早稲田大学の第一応援歌である「紺碧の空」は知っている方も多いのではないでしょうか?

「紺碧の空〜 仰ぐ日輪〜♪」の歌い出しで始まる早稲田大学の「紺碧の空」も大変美しいですよね!

中の人のお気に入りは東京大学の「闘魂は」です。

明治大学は…?

もちろん!やっぱり明治がナンバーワン!です…

ちなみに、

・明治大学第一応援歌「紫紺の歌」

・早稲田大学「紺碧の空」

・慶應義塾大学「若き血」

は東京六大学野球リーグの中でも屈指の名曲と言われているようです。

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明治大学の応援歌「都に匂ふ花の雲」ってなに?

明治大学の応援歌「都に匂ふ花の雲」の誕生

この明治大学の応援歌である「都に匂ふ花の雲」は1955年(昭和30年)の秋に明治大学記念館で行われた「第一回紫紺の集い」が開催された際に誕生したようです。

応援歌と記していますがその中でも学生歌の扱いを受けています。

明治大学記念館とは…昭和から平成初期までに存在した明治大学の校舎。惜しまれながらも解体され現在はそのデザインを受け継いだリバティタワーがお茶の水にそびえる。
紫紺の集いとは…明治大学応援団や吹奏楽部による定期演奏会および発表会。開催に際しては全国から明治大学を愛する人々が集う。

昔は学生同士の宴会などで歌われたそうですよ!

そして「都に匂ふ花の雲」の他にも冒頭で説明した第三応援歌である「紫紺の旗の下に」もこの時に誕生しました。

明治大学の応援歌「都に匂ふ花の雲」の作曲も古賀政男!

明治大学の応援歌である「都に匂ふ花の雲」の作曲を手掛けたのもなんと…

古賀政男さんです!!

本当に快く引き受けてくれる方だったんですね〜

そして、この応援歌を新た制作するにあたって、学生から歌詞を公募したようです。

古賀政男氏の選考の結果、当時の政治経済学部所属だった山本修一さんの詩が選ばれました。

18編の応募があったようですよ!。

山本修一さんの「都に匂ふ花の雲」が特に優れていたんだね!

それもそうですが、学生から歌詞を募集するのもすごいことですよね…

ところで、中の人は明治大学の数ある応援歌の中でも

「都に匂ふ花の雲」が一番美しいと感じています。

断言しますが

これ以上の応援歌(学生歌)は他大学を見ても存在しません!!

それほど、この「都に匂ふ花の雲」は歌詞の面でも優越し曲やメロディーにおいても引けをとりません。

言い切っちゃったよ…

次はそんな応援歌「都に匂ふ花の雲」の歌詞を見ていきましょう!

明治大学の応援歌「都に匂ふ花の雲」の歌詞

明治大学応援団HPより

一読してみてください。

何か気づくことがありませんか?

一番から四番が春夏秋冬に対応している!

そうなんです!

明治大学応援歌「都に匂ふ花の雲」では

・一番は

・二番は

・三番は

・四番は

情景が歌われているのです。

一番では草花が冬の長い眠りから顔を出し始めています…

二番では夏の入道雲といつもに増して高い蒼い空が見えます…

三番では哀愁漂う満月が秋の空に浮かんでいます…

四番では冬にかかる満天の星空が描き出されています…

明治大学の応援歌である「都に匂ふ花の雲」では四季を感じることができるのです!

応援歌の中で季節を楽しめる!

それだけではありません。

「都に匂ふ花の雲」では明治大学の本部である駿河台キャンパスが所在しているお茶の水の景色が見事に映し出されています。

お茶の水とは…神田駿河台を中心に発展した東京都千代田区の地名。日本国内最大の学生街。周辺地価は日本で2番目に高いという。

一番に出てくる「駿河台」とは明治大学の駿河台キャンパスが所在する場所ですよね。ちなみに昔は武家屋敷が広がっていました。

二番に出てくる「大内山」とは皇居のことを指しています。

その昔、平安時代の天皇である59代宇多天皇が京都の大内山に皇居を構えたことから東京の皇居もこのようにして呼称されていました。

明治大学から皇居の萌ゆる森林が一望できます。

三番にあるお茶の水とは前注にもある通り明治大学の駿河台キャンパスが所在している場所です。

もともとお茶の水とは徳川家康へお茶を献上する際にこの付近の水を利用したことが名前の由来のようです。

四番ニコライ聖堂とは何でしょうか?

日本にキリスト教の一派である正教会の教えを伝えた聖ニコライに由来しているようです。

現在では国の重要文化財に指定されているお茶の水のシンボルですね。

明治大学の応援歌「都に匂ふ花の雲」は東京の風景を美しい「古賀メロディー」の中で描かれる風情豊かな応援歌です!

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明治大学の応援歌は名曲揃い!

ここまで明治大学の応援歌を二曲を中心に紹介してきました。

・第一応援歌「紫紺の歌」

・学生歌「都に匂ふ花の雲」

です。

この二曲には二つの共通点が存在します。

□古賀政男氏が作曲を手掛けたこと

□学生が作詞を手掛けたこと

です。

そして、明治大学の校訓は権利自由・独立自治です。

これらの応援歌は学生が独立して自由に詩を作り、それを明治大学出身の古賀政男さんが曲をつけていきました。

明治大学が一つになって応援歌の作成を目指したのです…!

この二つの応援歌を中心にまずは覚えていきましょう!

そして、冒頭に紹介した通り明治大学には他にも数々の応援歌が存在しています。

私たち明治大学情報局を通じて引き続き明治大学の伝統や文化も知っていただけたら嬉しいです!

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