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世界で最も多くの子孫を残した人物とは?
こんにちは!明治大学王室研究会です。
早速ですが皆さんに質問です!
世界で最も多くの子孫を残した人は誰でしょうか?
正解はチンギス・ハンです。
チンギス・ハンは1206年にモンゴルを統一し、後に東は朝鮮半島から西は東ヨーロッパに至るまでの広大な領土を誇るモンゴル帝国を創設したことで知られています。
ある研究によりますとアジアの人口の8億3000万人が11人の子孫であると言われており、チンギス・ハンはそのうちの一人で男系子孫だけでも1600万人存在すると言われています。
勿論異論も存在しますが、現在のモンゴル国の人口324万人(2018年時点)、東京都の人口1384万人(2018時点)を超える子孫が世界中に存在することとなります。
何故チンギス・ハンは数多くの子孫を残すことが可能だったのでしょうか?
チンギスは周辺地域を征服してモンゴル帝国を建国するにあたり、様々な部族が彼の臣下となっていきました。
臣下となった諸部族はチンギスの姻戚となってつながりを深めようとチンギスに美女を嫁がせました。
そうして500人に上る妃妾がチンギスの元へと嫁ぐこととなったのですが、モンゴルの大ハンに即位した当時チンギスは40-50代と高齢であり、500人の妃妾と逢瀬出来たわけではありませんでした。
そこで改めて自身の一族の男子に嫁がせることで、数多くの子孫を残すこととなったのです。
実際チンギスの息子で子孫を残したのは、ジョチ・チャガタイ・オゴデイ・トルイの4人だったため、チンギスの子孫はこの4人のいずれかの子孫となります。
また、チンギス・ハンの登場は中央ユーラシア世界に大きな影響をもたらし、チンギスの登場以降「ハン」という君主の称号はチンギスの男系子孫のみに制限されることとなったのです。
それほど中央ユーラシア世界でチンギスの血統は特別視されており、モンゴル帝国の後の時代にティムールがモンゴル帝国を復興させるべくティムール帝国を創設しましたが、ティム―ルはチンギスの子孫ではなかったため自ら「ハン」とは名乗りませんでした。
天皇の男系子孫のみが天皇に即位でき、源氏の子孫のみが征夷大将軍となれるといった感じでしょうか。
今回は【明治大学王室研究会】副代表による王室豆知識を披露させていただきました!
ここまでお読みいただきありがとうございます😊
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